2017年5月に囲碁の世界チャンピオンである「柯潔」氏との対局で、AIが3戦全勝して話題になった話を覚えていますか?手数があまりにも多く、勝利までのパターンを掴みにくい囲碁では、AIが棋士に対して勝利するのは困難であろうとされていました。囲碁の世界チャンピオンに「Google」が開発した「アルファ碁(AlphaGo)」が完勝したニュースは、世界の話題をさらいました。
囲碁に限らず近年はソフトバンクの「Pepper」など、AIロボットが各産業で本格的に活用され始めました。そして来る2045年には、AIが人間を超越する「シンギュラリティ(Singularity)」が起こると予想されています。シンギュラリティが起こると仕事から日常生活まで我々の社会は強い影響を受け、現在からは予想もつかないような変化がもたらされるでしょう。
このシンギュラリティ、何となくわかってはいても詳しい内容は知らない、という方も多いのではないでしょうか?そこで今回はシンギュラリティの概念や、シンギュラリティによって発展する分野、シンギュラリティ到来による社会の変化まで、シンギュラリティについてさまざまな視点から詳しく解説していきます。
- シンギュラリティ(技術的特異点)の概要
- シンギュラリティがもたらすとされる”2045年問題”とは
- シンギュラリティは遠いか近いか?それとも”来ない”のか
シンギュラリティ(技術的特異点)とは何か
シンギュラリティという言葉は、そもそも何を意味しているのでしょうか?シンギュラリティとは「特異点」の意味を持っており、もともとは数学や物理学で使われる言葉です。
数学や物理学では、2次関数や3次関数などの関数グラフがよく使われますよね?あのグラフが通常からは予想もつかない、ありもしない方向に曲がったりという現象が起こることがあります。この原因を作っている点を、数学や物理学では「既存のルールを適用できない点」として特異点と呼びます。
AIの技術は発達が進み、指数関数的(爆発的な加速力)でこれからも進化が進むとされています。そしてある地点でAIが人間の知能を超え、そこから人間の知能を超えたAIが自分と同じようなAIを作り、そのAIがまた別のAIを作る・・・と、人間の知性の範疇からはみ出た”ありえないスピード”でAIが自己進化する時代が到来するといわれています。この「AIが人間の知能を完全に超越して自己進化を続けるようになる」時期を、AIでは「技術的特異点」という意味を込めてシンギュラリティと呼称します。
AI分野でシンギュラリティという言葉が使われるようになったのは、人工知能研究のレジェンド的存在である「レイ・カーツワイル」博士。レイ・カーツワイル博士は2005年、「シンギュラリティはすぐそこに、人類が生命を超越するとき(The Singularity Is Near:When Humans Transcend Biology)」というタイトルの著書で「シンギュラリティは2045年に訪れる」と言及。そこから後述する2045年問題など各業界でシンギュラリティに関する話題が起こり、今では至るところでシンギュラリティという言葉を聞くほど認知度が高まりました。
シンギュラリティで発展する分野
シンギュラリティが起こると、どんな分野が発展するのでしょうか?
製造
すでに製造業ではピッキング用など、さまざまなロボットが作業員のサポートを行っています。シンギュラリティが起こると、製造の分野にさらなる影響が起こります。
ピッキングだけでなく、部品の調達やその部品を用いての製造、製造に必要な全ての工程をロボットが担う時代になるかもしれません。また人間と違ってロボットは24時間365日メンテナンスさえ行えば作業が可能です。
結果生産性が向上し、売上の拡大が見込めます。また人件費などのコストも削減され、人手不足などの問題からも物流関係の企業を救うことになるでしょう。
医療
医療ではいち早くAIの活用法が模索されてきました。「5G」の実現によりロボットを用いた遠隔手術なども可能になる見込みが出てきたなど、医療に関するさまざまなニュースが世間をにぎわせています。
シンギュラリティが起こると医療分野もさらに発展する可能性があります。医療用のAIアルゴリズムを用いて精密な検査を行い、患者の症状を今までよりさらに早く発見するなど、医療サービス自体もどんどん向上するでしょう。医師といっしょにAIロボットが手術を行う可能性だってあります。
飲食
人手不足が問題になっている飲食業界でも、シンギュラリティにより目覚ましい変化が起こるでしょう。すでに接客や給仕などをAIロボットで提供しようという取り組みが進んでおり、Pepperが接客を担当する飲食店も出てきています。シンギュラリティが起こると、将来はロボットと話をしながら料理を運んでもらうのがどこのお店でも普通になるかもしれません。
さらに給仕する料理自体もAIロボットが調理できるようにならないか研究が進んでおり、レシピなどを記録したAIロボットが全調理を任されるなど、調理から接客、給仕までロボットが飲食のほとんどの工程を取り仕切るようになる可能性もあります。
シンギュラリティ到来によって予想される社会の変化
私たちの社会には、シンギュラリティによりどんな変化が起こるのでしょうか?
例えば2016年はVR元年と呼ばれ、VRゲームなどのVRコンテンツが脚光を浴びました。シンギュラリティが起こるころには人間が物理的に動かなくても、VRの中で人生のほとんどを過ごすことになるだろうという見解を、先のレイ・カーツワイル博士から示しています。
VR技術も今後現実世界と区別がつかないようになるほどブラッシュアップが進み、体にナノマシンを埋め込むことで機器を介さずともVRが体験できるようになるということで、ある意味恐ろしい時代になってきました。「Vtuber」や「アバター」など、VRに関する技術が現在でも人気を博してはいますが、さすがに「人生の大半をVRで過ごすようになるなんて」と想像もできない方が多いのではないでしょうか。
また人体的にも進化が起こり、2030年代には脳の記憶を全てコンピューターに転送できるようになるとも述べられています。つまり肉体が死んでも実質心が死なないので、人間の寿命という概念が消滅するのでは、という考えが提示されているのです。
この考え方も現実味がいまいち感じられず、「SFの世界のようだ」と思う方も多くいらっしゃるでしょう。しかしAIの技術の発展は目覚ましく、「パラダイム・シフト(既存の概念を覆す、技術的な革新)」のサイクルがITの中でひときわ短い分野です。今後人間とロボットの境目がなくなり、心は人間だが、体はロボットであるなどの新しい人類「ポスト・ヒューマン」が登場するのも遠くない未来の話かもしれません。
シンギュラリティが注目される背景
シンギュラリティが注目されるようになったのは、前述したようなAIの著しい進化が起因しています。
人工知能の研究自体の歴史は古く、1950年代からすでに着手され始めていました。何度か限界に陥りながらも研究は続けられ、「ディープランニング(Deep Learning)」などの影響でその限界を破り、今のすさまじいAIの進化があります。
ディープランニングとは「深層学習」のことで、AIにより深く、高次の処理をさせるための機械学習方法です。ディープランニングを行うには処理の元となる大量のデータが必要で収集にも一苦労する状況でしたが、2000年代からのインターネットの普及でその状況が一気に変化しました。
インターネットには日々ブログやSNS、動画など、膨大なデータがアップロードされ、保存されています。このインターネット上の膨大なデータをもとにディープランニングを行うことで、冒頭の囲碁棋士に連勝するような高スペックのAIまで開発されるようになりました。
また少子高齢化や人手不足など、各種の社会問題でさえもシンギュラリティは全て解決してしまうほどのポテンシャルを秘めています。このようにAIがすさまじい勢いで発達し、我々の社会を根本的に変化させてしまうかもしれないという点が、近年シンギュラリティが現実味を帯び、注目されている背景にあります。
「2045年問題」はなぜ議論されるか