言葉の壁は、近い将来にAIが打ち崩すだろう
以前、AI開発会社の社長とテックメディア編集長との対談をセッティングしたことがある。そこでは様々な議論が交わされ、対立する意見も当然ながらいくつかあったが、二人の意見が完全に一致した話題があった。
それは「自分の子どもには外国語教育を行わない」というものである。
2045年のシンギュラリティを待たずして言語の壁はAIが打ち崩すであろうというのが二人の意見だった。
今のAIが変革をもたらすことができるのは、世界の半分でしかない
たしかに、ある意味で言語の壁はすでに崩されつつある。
Google翻訳に代表されるオンライン翻訳システムを活用すればほとんどの場面で困ることはないだろう。私も、昨年末に妻と海外旅行をした際にはずいぶん助けられた。
しかし、オンライン翻訳による言語の壁の破壊には、実は高いハードルがある。インターネット接続が必要であるという、忘れがちなハードルが。
オンライン翻訳に充分な速度のインターネットを利用できるのは、全世界の半分に過ぎない。つまり、インターネットによって変革が――言語の壁を打ち崩すことも含めて――もたらされるのはこの広い地球の半分でしかないのだ。
私を含め、ネットワークが空気のようにあたりまえに存在する世界に生まれ落ちたのは、偶然の幸福でしかない。
しかし、この状況に変化をもたらしそうなスマートフォン端末が昨年発売された。
今や世界のテック産業を牛耳ろうという勢いの深センに本拠地を置くファーウェイが発売した「Mate 10 Pro」である。
このスマートフォン端末には、一般的なCPUとは別にAIを内蔵したCPU「Kirin970」が搭載されており、マイクロソフト翻訳をオフラインで利用することができる。
つまり、これまでは入力(翻訳前のワード)をオンラインでマイクロソフト翻訳のサーバーに送り、サーバー上のAIが翻訳結果をオンラインで出力(翻訳後のワード)していたのだが、これを「Kirin970」だけで完結させているのだ。
私がオフラインAIデバイス「ili(イリー)」に期待するわけ
話がずいぶんと逸れたが、AIと言語の壁、そしてガジェットとの関係が今どうなっているか、よくご理解いただけたものと思う。
その上で、この記事の主題である「ili(イリー)」に話題を移そう。
iliは東京渋谷で同商品の開発と販売をほぼ専業で行っている株式会社ログバーから発売された翻訳デバイスである。
特徴は、オフラインで一方通行(母語→外国語の翻訳のみ)、そして旅行に特化していること。つまり、外国語で「会話」を行う目的ではなく、たとえば旅行先で「これ高すぎるよ、安くして」と店員に話すときに――そして店員が笑顔で首を縦に振ってくれるのを祈るために――使えるものだ。
この説明だと、先ほど紹介したファーウェイの「Mate 10 Pro」に一歩引けをとるような印象だとは思うが、私がiliを評価しているのはこれが「専用デバイス」であるという点である。
そのアドバンテージはまず価格に現れる。わずか19,800円で、英語・中国語・韓国語に対応している。ファーウェイの「Mate 10 Pro」は市場価格で9万円台なので、これは大きなメリットである。
次に、電池持ち。最近のスマートフォンは電池持ちが改善されてきているとは言え、地図や電子ガイドブックを開く機会の多い海外では24時間も安心して使うことはできないが、iliは(公称で)3日間を謳っている。
どんなにハードに使っても、就寝中にホテルの電源から充電さえしておけば不安になることはないだろう。
最後に、専用デバイスのメリットで忘れてはいけないのが反応速度だ。たとえば電卓を思い浮かべて欲しい。スマートフォンと電卓、どちらが早く答えを出してくれるだろうか? まちがいなく、電卓である。あなたがやっとアプリを見つけたころ、電卓はすでに答えを出しているだろう。
iliもスリープからの起動に1秒、翻訳には0.2秒しかかからないと公称している。スマートフォンでアプリを立ち上げる間に起動して翻訳まで済んでいるスピード感だ。
そして、一方通行というデメリットとも思える機能には「相手に端末を渡さなくていい」という裏返しのメリットが存在していることも忘れてはならない。
これをお読みの皆さんも、海外でスマートフォンの翻訳機能を使うために「ここをタップして話してね」と端末を渡したことがあるのではないだろうか。
そのまま走り去られたら、きっともうあなたの手元には戻ってこないのに。
iliは翻訳デバイスから「コミュニケーションデバイス」へ
いま一般に販売されているのは「日本語→外国語」の翻訳機能を備えたiliだが、「英語→日本語・中国語・スペイン語」のモデルと「中国語→日本語・英語」の翻訳に対応したモデルも限定販売されている。
これは、東京オリンピックを見据えた大規模なフィールドテストを兼ねているというのが私の見方だ。旅行会社や都による一括購入を前提とした戦略があるのだろう。
まだまだ外国語学習がまったく必要ない世界は到来しないが、すくなくとも一歩ずつ確実にそこへと近づいていることを実感させてくれるのがiliというガジェットである。
東京オリンピックの頃に、iliを持った外国人観光客と同じくiliを持ったタクシー運転手がスムーズにコミュニケーションをとっているとしたら、iliは「翻訳デバイス」ではなく「コミュニケーションデバイス」へとさらに進化することとなる。
バベルの塔に怯える時代は終わった。ili、そしてオフラインAIの未来をみんなで見守ろうではないか。
(画像引用:https://iamili.com/ja/)