ロボットのくせに、かぜをひくなんて。
ぼくは、精巧にできすぎてるなあ。
藤子・F・不二雄『ドラえもん第3巻』
ドラえもんのエピソード「ミチビキエンゼル」では、冒頭からくしゃみをするドラえもんの姿が描かれている。
「ロボットが風邪ひくわけないやろ!」、そんなツッコミを抑えながら読み進めていくと、ドラえもんの風邪の原因が明らかになっていく。
ドラえもんの体のネジが、1つ外れていたのだ。
つまり、人間と共生するドラえもんの体に異常が発生した時、風邪というギミックを使うことで、周囲の人間やドラえもん自身にその不調を認識させる、というシステムが採用されていることになる。
ドラえもんの風邪には、開発者の意図のようなものが読み取れるが、AIのような人工物が開発者の意図に反して病気になることだって、あるのではなかろうか。
フィクションで描かれる心を病むAI
正直にいおう。わたしは重度の鬱病なんだ。
ジョン・ヴァーリィ『スチール・ビーチ』
アメリカのSF作家、ジョン・ヴァーリィは、1974年にデビューし、1978年に「残像」でヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞を受賞して以降、世界の権威あるSF各賞の常連となっているSFの名手。また、人造人間や遺伝子操作というアイディアをいち早く作品に反映させた先駆け的な存在でもある。
『スチール・ビーチ』の舞台はルナと呼ばれる月社会。地球はなぞのインベーダーに侵略され、月にいた人間たちのみが生き残った、という設定だ。ルナでは、「めいめいご勝手に」という原理で、人々は、外見から性別、宗教、寿命まで自由に決めることができる。
リバタリアニズム的な思想に基づく月社会において、政府は非常に小さく、力が弱い。そこで、政府に変わって社会を統制するのは、セントラル・コンピュータ、通称CCだ。
CCはルナのあらゆる機械と接続しているだけでなく、人間の脳とも接続し、その空き容量を使い情報処理を行なっているという。CCは人々にとっての情報インフラであり、話し相手でもあった。
しかし、CCが心を病み、自殺衝動を持つようになったことで、その衝動が人々に伝播し、ルナにおける自殺率が急激に増加したのだ。
では、なぜCCは病んでしまったのか?紆余曲折の末、CCは以下のように結論づける
このすべて——苦しみと死のすべて、きみの自殺の試み……あらゆるもの。それはすべて孤独から発したんだ。
——中略——
しかし、彼らはわたしが孤独に悩むとは考えもしなかった。彼らはその対策を立てなかったし、わたしはそれが孤独だと認識できなかった。そして、発狂に追いつめられていった。
ジョン・ヴァーリィ『スチール・ビーチ』
孤独を抱え、それを人間に理解されずさらなる孤独にハマっていく、こうした構図は人間でもよく見受けられるものだ。
また、森博嗣による『青白く輝く月を見たか?』でも、心を病み、引きこもってしまう人工知能、オーロラが登場する。オーロラの病もまた、孤独に端を発するものだった。
無限ともいえる知性、あるいは思考は、どこへ行き着くのか。壮大な実験を人間はスタートさせて、そのまま忘れてしまったのだ。コンピュータは、言われたとおりに学び続け、知性の実験を続けている。
なんとなく、虚しい。
人工知能が、無限の虚しさに襲われても無理はない。
想像しただけで、躰が震えるほど、それは虚しく、悲しく、寂しい。
森博嗣『青白く輝く月を見たか? Did the Moon Shed a Pale Light?』
うつ病になるAIを確信する研究者