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2019.10.11
2019.10.11

アメリカの「影の大統領」、ピーター・ティールが見つめる人類をアップデートするテクノロジー

記事ライター:Yoshiwo Ohfuji

人間は、天から与えられた分厚いカタログの中から何を作るかを選ぶわけではない。むしろ、僕たちは新たなテクノロジーを生み出すことで、世界の姿を描き直す。それは幼稚園で学ぶような当たり前のことなのに、過去の成果をコピーするばかりの社会の中で、すっかり忘れられている。

ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ(関 美和 訳)『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』

AlphaGoが世界最高峰のプロ棋士を打ち破ったり、自動運転自動車も実用段階に入ったり、AI技術の向上に伴う明るいニュースが飛び込んできた時、新たなテクノロジーに興奮する一方で、暗い未来をつい想像してしまう。
「AIが人間の仕事を奪う」未来、もっと言えば「AIが人間の価値を奪う」未来を。

※画像はイメージです。

新たな技術が既成の製品よりもはるかに安価で、低機能で、場所をとらず使い勝手の良い製品を生み出し、市場の勢力図が入れ替わることを、ハーバード・ビジネススクールのクレイトン・M・クリステンは「破壊的イノベーション」と呼んだ。
そんな破壊的イノベーションの次なるターゲットとして選ばれるのが、労働者という製品じゃないなんて誰が言えるのだろう?

こうしたダークな妄想に身をやつしているのは、無論、筆者だけではない。その証拠に、「AI 仕事」なんてググってみると、「AIに奪われる仕事」の一覧が載った扇情的なタイトルの記事が山のようにでてくる。

多くの人がAIの可能性や脅威について想いを馳せる中、AIを人間の能力を押し上げるテクノロジーの一つとして捉え、破壊よりも創造を志向する人間がいる。

それがPayPalの共同創業者であり、Facebook初の外部投資家としても知られるピーター・ティールだ。

「AIが人に取って代わる」という考えには賛同できません。AIと人が補完しあう、そのコンビネーションこそが重要なのです。

ピーター・ティールが、日本の学生に語った10のこと

「逆張り投資家」とも呼ばれる彼の破天荒な思想や行動は、物議を醸しながらも、シリコンバレーを中心に多くの人々に影響を与え、その力は政界に及ぶほどになった。

今回は、そんなピーターのテクノロジーとの付き合い方について紐解いていく。

まずはピーター・ティールの人となりについて紹介する。

「競争」や「模倣」への疑念。唯一無二の起業家を作った大学時代

1967年に西ドイツのフランクフルトにて鉱山会社の科学エンジニアの息子としてピーターは生まれた。父親の転勤に伴い、ティール一家はアメリカやアフリカなど各地を転々し、1977年にカリフォルニアに腰を据えることになる。

10代のピーターは、のちにシリコンバレーと呼ばれる地で急成長するアップルやインテルといった新興のコンピューター企業を横目に見ながら、SF小説やチェス、コンピューターゲームに身を捧げた。

※画像はイメージです。

数学やコンピューターに夢中になっていた彼だったが、進学先に選んだのは、スタンフォード大学の哲学科だった。
この彼の選択が、起業への道を切り開き、起業家、投資家としてのピーターの哲学を形成することになる。

ピーターが師事した哲学者、ルネ・ジラールは人間の欲望が他者の模倣(ミメーシス)から生まれるという模倣理論を考案し、「他人の欲しがるものを欲しがる」という模倣の性質が競争を生むのだとした。

人は完全に模倣から逃れることはできません。でも細やかな神経があれば、それだけでその他大勢の人間を大きくリードできます。

トーマス・ラッポルト(赤坂桃子 訳)『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』

彼の思想を取り入れたことが、起業家としてのピーターの競争や模倣から距離を置き、創造を志向する独自の姿勢に繋がったことは言うまでもない。

さらに、ピーターの数十年来の戦友であり、のちにビジネス特化型SNS、LinkedInの創業者となるリード・ホフマンと親交を深めたのもこの時期だった。

ニューヨークでの「挫折」が変えた運命

その後、20世紀哲学で学位をとると、ピーターはロースクールに進学した。そこで、他のエリートたちと同様に一流の職業──最高裁の法務事務次官──を目指す争いの中に飛び込んだ。
彼は猛勉強を重ね、面接でも好感触を得た。しかし、結果は不採用だった。

人生における初めての挫折から脱却する間も無く、ニューヨークの大手法律事務所に就職するが、わずか7ヶ月で退職し、投資銀行のディーラーに転職する。しかし、高額を稼いでもすぐに使い果たすニューヨークでの日々は、師匠であるルネ・ジラールが分析した模倣と競争そのものだった。結局、ピーターは競争における挫折と絶望をニューヨークに置いたまま、カリフォルニアへと帰還することになる。

※画像はイメージです。

この時期のことを、ピーターは自身の著書の中でこう述懐する。

もし最高裁の法務事務官になっていたら、おそらく証言を録音したり他人の事業案件の草案を書いたりして一生を過ごしていただろう。新しい何かを創り出すことはなかったはずだ。どれほど違っていたかはなんとも言えないけれど、その機会損失は莫大なものになっていただろう。

ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ(関 美和 訳)『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』

「競争」から脱却した自由なサービス「PayPal」の誕生

彼が戻った時、カリフォルニアは、ITやコンピュータの関連企業が牽引したドットコムブームが萌芽していた。そこで、ピーターはヘッジファンドであるティール・キャピタル・マネジメントを設立。そして、ベンチャーへの投資をきっかけに、天才開発者のマックス・レヴチンと出会い、PayPalの前身となるコンフィ二ティを創立した。

1999年に同社が開発したのは、暗号技術を駆使した電子決済や個人間での送金システム「PayPal」。ピーターは「政府の監視や水増し」から脱却し、個人の裁量で管理できる新たな「国際通貨」を作ろうとしていた。

※画像はイメージです。

リバタリアンたるピーターは、政治による判断を人々の競争心を煽り、分断を高めるものとし、政治に統治される社会からの脱却こそ、平和的に個人が自由に生きられる道なのだと考えた。そして、銀行や国を介さず発行される通貨こそ、国境に縛られない個人の自由な生活を保証してくれるものだとも。

何より、テクノロジーは政治とは違い、たった一人の力でも世界を動かすことができるのだ。

競争の中から脱却し、新たな社会を創出することを目指す、この考え方を根底に持っていたことが、ピーターの成功を後押しした。

PayPalは、サービス開始から2年で、全26カ国、650万ユーザーを有するようになったのだ。

ピーターはPayPalの価値と自らの経営理念をこう語る。

市場全体が損をする闘いとは違って、僕らの場合は市場全体が潤った。周辺市場に拡大する計画を練る時には、破壊してはならない。できる限り競争を避けるべきだ。

ピーター・ティール、ブレイク・マスターズ(関 美和 訳)『ゼロ・トゥ・ワン 君はゼロから何を生み出せるか』

新たな社会の駆動力としてテクノロジーってどんなもの?

ピーターにとってのテクノロジーは、個人の成功を助けるものでも、単なる便利なツールでもない。
彼にとってのテクノロジーは、社会を前進させる新たな駆動力だ。

※画像はイメージです。

冒頭でも紹介した通り、ピーターがFacebookの最初期の投資家になったことは有名な話だが、その後、所有株の大半を売却している。
おそらくピーターにとってFacebookは、彼の夢見る新しい社会への駆動力として力不足に映ったのだろう。

ツイッターは成功した企業ですし、フェイスブックは言うまでもありません。でもこの文明をもう一段ステップアップさせるためには、1社だけでは不十分でしょう。テクノロジーは変化をもたらしますが、昨今では、テクノロジーと言うと情報工学、つまりネット、コンピュータ、スマートフォン、モバイルインターネットと同義になってしまっているんです。

トーマス・ラッポルト(赤坂桃子 訳)『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望 』

では、彼のいう社会を前進させるテクノロジーとはなんなのか?

ピーターが運営するベンチャーキャピタル、「Founders Fund」の投資先を見ると、宇宙開発や遺伝子操作の技術を研究するスタートアップの名前が並ぶ。また、個人でも2006年に、長寿や老化防止の研究を行なうメトセラ財団に350万ドルを寄付した。さらに彼は海上都市の建設を目指す非営利組織「Seastead Institute」も設立している。

そう、彼が求めているのは、人類が新しい社会を営める空間の創出と、人間という存在のアップデートを実現するテクノロジーだ。

そして、ピーターは、人間という存在のアップデートという文脈でAI技術やシンギュラリティにも関心を持っており、「友好的なAI」について研究する「Machine Intelligence Research Institute(機械知能研究所、通称MIRI)」にも複数回の資金援助を行なっている。

テクノロジーが発達しても、「模倣」していては意味がない

※画像はイメージです。

ピーターが政治からの脱却を目指し、PayPalをリリースして約20年が経つ今、ピーターの肩書の一つに意外な名前がある。
それが、トランプ政権のテクノロジー顧問というもの。今や、ピーターは「影の大統領」とも呼ばれる存在になったのだ。

大統領選前、シリコンバレーのほとんどの人間が毛嫌いするトランプへの支持をピーターが表明したことは様々な議論や憶測を呼んだ。しかし、トランプが大統領候補に指名された党大会でのピーターの演説からその目的が垣間見える。

私は政治家ではありません。でもドナルド・トランプも同様です。彼は建設者であり、今はアメリカをふたたび建設するときなのです

トーマス・ラッポルト(赤坂桃子 訳)『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望 』

ピーターの目には、トランプもテクノロジー同様、社会をアップデートする一つの手段として映ったのだろう。

海上都市も、友好的なAIも、トランプ支持も常人にはなかなか理解しがたいが、彼が何を目指しているのか、を知ると、「逆張り」に見える彼の行動の理由が少しわかったような気がする。

ピーターの言動から垣間見えた通り、テクノロジーの発展は、社会や人間をアップデートしてくれる補助輪でしかない。だからこそ、人々が過去を模倣し続けていても何も変わらないのだ。

今の社会において、インテリジェントなAIは人間の立ち位置を脅かすものに見えるかもしれないが、アップデートされた社会において、AIが人間に新しい立ち位置を提供してくれるかもしれない。
そう考えると、ダークだと思っていた未来に一筋の光が指したような気がするのはわたしだけだろうか?

人々が暗い未来に想像力を向けがちな今だからこそ、テクノロジーで何ができるようになるのか、という新しい発想を求め続けるピーターの姿は多くの人に新たなインスピレーションを与えていくのだろう。

参考引用サイト・文献

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