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ニュース 2019.09.11

映画「エニグマ」の主人公、アラン・チューリングは「人工知能の父」だった ―アラン・チューリングの数奇な運命

記事ライター:Yoshiwo Ohfuji

機械としての身体から魂の初恋へ

もちろん、身体は機械だ。それもかなり複雑な機械で、これまで人の手で作られたどんな機械より何倍も複雑だ。しかし、やはり一つの機械だ。蒸気エンジンに例えられたことがあるが、今ほどその仕組みについて知られていない昔のことだ。実際にはガソリンエンジン、つまり車、モーターボート、空を飛ぶ機械のエンジンに似ている。

エドウィン・テニイ・ブルースター『Natural Wonders Every Child Should Know』(邦訳はアンドルー・ホッジス(土屋 俊・土屋 希和子 訳)『エニグマ アラン・チューリング伝』に準ずる)

アラン・チューリングは1912年6月、ロンドンにて生まれた。両親は、当時イギリス統治下にあったインド行政府に勤めていたジュリアス・チューリングとその妻、エセル・ストーニーだ。
アランと兄のジョンは、インドとイギリスを往来する両親に変わり、父親の友人で退役軍人だったウォード大佐夫妻によってのびのびと育てられた。

※画像はイメージです

夢見がちで内気だったアラン少年が機械と生命の可能性に目を向けるようになったきっかけに一冊の児童書がある。

それが、『Natural Wonders Every Child Should Know(邦題:すべての子どもが知るべき自然の不思議)』だ。
性と身体についての科学的な知識がつめこまれたこの本が、アランにはじめて「科学」というものの存在を突きつけた。さらに、この本で描かれた「身体は機械である」という唯物論的発想は、アランに人生にたびたび顔を出すこととなる。

アランは14歳でパブリック・スクール(私立の中等教育学校)であるシャーボーン校に進学すると、運命の出会いを果たした。一年次上のクリストファー・モーコムに恋をしたのだ。
これがアランの初恋だった。

内気な性分ながらも、数学をきっかけにクリストファーと親交を深めるようになったアランの思いは募る一方だった。
しかし、彼の初恋は、突然に終わりを迎えた。
1930年2月、クリストファーが幼少期に感染した牛結核による内臓疾患が原因で亡くなったのだ。

失意の中でアランは母親に「モーコムにまたどこかできっと会うことができる」という内容を記した手紙を送っている。つまり、この時点において、アランは「身体は機械である」という考え方から離れ、死後の世界や魂のようなものの存在を信じていたのだろう。

再び機械としての身体へ

ケンブリッジ大学キングス・カレッジに進学すると、アランは数学の領域で頭角を表すようになる。そして、「計算可能数」についての論文を執筆する中で、この世界のありとあらゆる機械の作業を代替できる普遍的機械について考えるようになる。
この普遍的機械においては、人間というコンピューター(計算する人)もまた、再現可能なのだ。

テープの上におかれたほかの機械の記述を読むことによって人間の心的活動と同等の活動を遂行できる単一の機械が存在しうる。一台の機械、人間であるコンピューターに取ってかわる!電気脳だ!

アンドルー・ホッジス(土屋 俊・土屋 希和子 訳)『エニグマ アラン・チューリング伝』

この頃から、アランは『すべての子どもが知るべき自然の不思議』に書かれていた通り、人間を機械とみる唯物論的解釈を支持するようになり、無神論者として知られるようになった。これは同時に、クリストファー・モーコムの魂との永遠の別離を意味した。
クリストファーへの慕情すら、科学の前で無力だったのだ。

※画像はイメージです

『すべての子どもが知るべき自然の不思議』が育んだ機械としての身体、機械としての生物への関心は、アランの研究人生とそれに続く様々な科学分野に大きな影響を与えた。

例えば、論文「計算機械と知能」を発表した頃からアランが取り組んでいた生物の形態解析。彼は、アメリカのマンチェスター大学に設置された電気機械式計算機Mark-I コンピューターを駆使して、生物の外形のメカニズムを解き明かすべく、日夜解析していた。この研究はのちに「人工生命」と呼ばれる分野の端緒を開くこととなる。

チューリングが残したもの

ここで最初の目的に立ち返り、アラン・チューリングの功績を歴史に埋もれさせた“数奇な運命”について触れていく。

第二次世界大戦中にエニグマ暗号解読に注力したアランだが、大戦後、彼の業績は一部の人間を除き秘匿されることとなった。その背景には、“解読不能の暗号の解読”という仕事の性質と、大戦後、まだまだ不安定な情勢があった。つまり、いつまた戦争が起こるかわからない状況で、手元のカードを見せる道理はない、というわけだ。

そうした中で、1952年、アランの家に泥棒が入った。その泥棒の手引きをしたのが、19歳のアーノルド・マレーだった。マレーは、アランと肉体関係にあった。

当時、イギリスでは、同性同士の性行為は違法とされており、窃盗の捜査の過程でマレーとの関係が暴かれたアラン自身もこの事件がきっかけで逮捕されることになった。

その後の裁判で、収監されるか、化学的療法によって同性愛を“治療”するのかの二択を迫られたアランは後者の選択を選んだ。

裁判の渦中で、アランが友人に送った手紙の中で以下のようなことを書いていた。

この先、次の三段論法を使う人びとが現れるのではないか少し心配している。
チューリングは機械が考えると信じる
チューリングは男と寝る
だから、機械は考えない

アンドルー・ホッジス(土屋 俊・土屋 希和子 訳)『エニグマ アラン・チューリング伝』

アランは、窮地の中にあっても思考する機械に想いを馳せていたのだ。

犯罪者という汚名を着せられ、家族にも明かせない空白の経歴を持ったアランに、“ソ連のスパイだ”という根も葉もない噂や、当時、「パンジー」という蔑称で呼ばれた同性愛者に対する好奇の視線が付きまとうようになる。

そして、事件から2年後の1954年、自宅のベッドの上で変わり果てたアランの姿を家政婦が発見する。
アラン・チューリング、41歳、自殺だった。

※画像はイメージです

アランは晩年、こんなことを書き残していた。

「それがまさに近いところにあるものしか見えないが、それでもやるべきことが山のようにある」

B・ジャック・コープランド(訳 服部桂)『チューリング 情報時代のパイオニア』

チューリングの残した「やるべきこと」を実現するために、これからもわたし達は彼を“再発見”していくだろう。

参考引用文献・サイト

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