シリコンバレーも深センも、昔は何もなかった
世界のテクノロジーを牽引している地域といえば、かつてはシリコンバレー、そして今は中国の深センもそこに名前を連ねるだろう。
しかし当然ながら、それらの土地で昔からテクノロジー産業が盛んだったわけではない。
深センの地面を掘り返しても、スマートフォンの化石が出てくるわけではないように。
たとえば深セン。かつては山と海とが美しい調和を見せる田舎町だった。
そこがたったの20年で、スマートフォンのファーウェイ、ZTE、OnePlus、モバイルバッテリーのAnker、11億人以上のユーザーを抱えるWeChatを持つテンセントなど、世界でも屈指のテクノロジー企業が集まる街になった。
その理由のひとつはもちろん、中国で初めての経済特区だったこと。しかし、それ以上に「それまで何もなかった」ことが大きい。
たとえば、上海で「バスはすべて電気自動車にしましょう」という発案があっても既得権益に潰されてしまうだろうが、深センにはそれがないのだ。
街が新しいということは、その時代に最新のものを街に取り込んでいけることを意味する。
同じことがシリコンバレーにも言える。もともとは息子を早く亡くしたリーランド・スタンフォードという男が、ゴールドラッシュマネーで大学を創設したことから街の歴史が始まっている。
その男が作ったスタンフォード大学は、ヒューレット・パッカードや、ヤフー、Google、マイクロソフト、Netflixなどなど数え切れない有名テクノロジー企業の創設者を輩出した。
それは、政治的な戦略があったからこそであり、新しい街だからこそ新しいものを取り込み続けたからに他ならない。
つまり、どちらの街も「新しく、政治的にしがらみがない」という条件が整った上で、戦略的に作られた街だということだ。
歴史はつねに新しい場を求める
深センが発展した理由が、実はもう一つある。それは、シリコンバレーが高度に成熟しすぎた、という問題だ。
いまシリコンバレーに居を構える企業は、アップル、グーグル、アドビ、オラクル…と有名企業の名前だけでも一息では言えないほどだが、それだけに、若手の起業家が入る余地がなくなってきているのだ。
たとえば、家賃があまりに高いという問題があり、人並みの生活をするには最低でも年収3,000万円が必要という話も聞いたことがある。
そこで野心のある若い起業家が目をつけたのが深センだったというわけである。
しかし、いつか深センも成熟する。街を代表する大企業が権益を持ち、中央の政治に影響を及ぼし、中国のほかの大都市と同じように「簡単には動かせない」街になってしまうことだろう。
これから起こる「テクノロジー逆転現象」とは
いま、テクノロジーの潮流は自動運転やドローンなどのモビリティ、そしてAI、IoT、ロボティクスなどの労働代替技術がメインになりつつある。
これまでテクノロジー発展競争の主戦場だったパーソナルデバイスとは違い、都市まるごと、生活まるごとを舞台としたテクノロジーである。
これらが話題になっているのに、我々の生活に具体的な姿で現れるのはまだまだマヌケなAIスピーカーや不気味な接客ロボットなのは何故だろう。
そう、「実験する場」が足りていないのである。
テクノロジーが発展するには、必ず、実験の場が必要だ。それも、実験室ではなくそのテクノロジーが「本当に役立つはず」である場が。
コンピューターなどのパーソナルデバイスであれば、それらをいち早く手に入れる物好きがたくさん住んでいればよかった。電子決済は政治的な問題を解決すれば導入できた。
しかし、自動運転車やドローン、ロボット、AIが実験されるには、我々の街は発展しすぎている。深センやシリコンバレーでさえも。
たとえば、これからモビリティの主役になるのはまず間違いなく「自動運転の電気自動車」だろう。しかし、それを導入するには数々のハードルがある。
まず第一に、安全性の問題。それをクリアした上で、法令の整備、充電インフラの敷設が必要になる。
ドローンにしても、ロボットにしてもほぼ同様の課題が発生するはずだ。
なぜ課題が生まれるのか、と根源的なところに立ち返ると、それはひとえに「すでにインフラが整っているから」である。
いかに深センであっても、いま敷設されている道路をすべて掘り返して電気自動車の充電レーンを街中に敷設することは難しいだろう。
つまり、今、新たな実験の場。第三のシリコンバレーが求められているのである。そして当然、それはインフラ整備が進んでいない場所でなくてはいけない。
テクノロジーの逆転現象が始まる。
つぎのシリコンバレーはアフリカか?
テクノロジーの発展によって、電気自動車もドローンも、AIもロボットも、そしてそれらを下支えするインフラもどんどん安価になっている。
新しい実験の場があればすぐに普及するに違いない。それはアフリカかもしれないし、政治的に安定さえすれば中東地域も候補に挙がるだろう。中国の山間部も可能性があるかもしれない。
東京やニューヨーク、ロンドンが成熟しきったがゆえに最先端のテクノロジーから取り残されたように――なにしろ、まだガソリンで走るバスに乗って、わざわざ「出勤」しているのだ!――、深センやシリコンバレーも同じときを迎える。
そのときにテクノロジーの最先端にあるのは「インフラが未整備」で「既得権益が弱い」土地になる。インターネットが発展しているので、もう先進国の一部である必要すらない。
もともとは東京だって、第二次世界大戦で焼け野原になった土地に作られた「新しい街」だった。もっと前に遡れば、徳川家康がなにもない葦の平野を切り開いて作った、当時最先端の街だったのである。
残念ながら東京が世界最先端に返り咲くことはないだろうが、次のシリコンバレーがどこになるか目を光らせてビジネスチャンスは見逃したくないものである。