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スマートホーム(スマートハウス)の記事
2019.07.16
2019.12.20

【フィクションで探る人工知能の多様性】医療におけるテクノロジーの発達が病を駆逐しつつある今、「病む」ということを考える意味

記事ライター:Yoshiwo Ohfuji

2013年、アンジェリーナ・ジョリーが乳がん予防のための乳房切除を行った、というニュースが目に飛び込んできた。

彼女は、この大きな決断のきっかけとして、遺伝子検査の結果、BRCA1、BRCA2と呼ばれる乳がんと卵巣がんになりやすい変異遺伝子が見つかったこと、そして、彼女自身の母親も乳がんと卵巣がんを併発し、長い闘病の末、亡くなったことがあったそうだ。

この革新的なニュースは、当時20歳かそこらだった私に大きな衝撃と、未来の医療への希望を与えてくれた。

※画像はイメージです

それから6年が経ち、遺伝子解析技術やAIによる情報処理速度の向上によって、検査は安価になり、以前のように巨万の富を持ったセレブだけではなく、一般人でも気軽にインターネットで遺伝子検査の依頼ができるようになった。

そうした中で、病に罹患する前に病を治す、というこころみは今後、医療現場でどんどん広がっていくだろう。

実際、昨年には、日本メディカルAI学会が立ち上がり、医療現場で活用されるテクノロジーは大きな期待を背負って加速度的に成長している。

このまま、順調にいけば、病が駆逐される日もそう遠くはないのかもしれない。

恒久的な健康が実現した先で苦しむ少女たちを描いた『ハーモニー』

この、真綿で首を絞めるような、優しさに息詰まる世界に徒(あだ)なす日を夢見る狂犬として。

伊藤計劃『ハーモニー』

夭逝のSF作家、伊藤計劃は遺作となった長編小説『ハーモニー』では、医療が発達した福祉厚生社会を描いた。

伊藤計劃は2007年に『虐殺器官』でデビュー。同作の刊行が決まった矢先に肺がんが発覚し、それからわずか2年でこの世を去った。寡作ながらも、『ハーモニー』で日本SF大賞、そして、フィリップ・K・ディック賞の特別賞を受賞するなど、国内外から高い評価を得ている。

※画像はイメージです

『ハーモニー』の世界では、人間の体内に分子レベルで体内環境の恒常的な監視をするWatch Meというシステムと、体内で生じた異常に合わせてメディモルと呼ばれる分子サイズの薬を生成し、投薬するメディケア(個人医療薬生成システム)と呼ばれるシステムが設置されていた。したがって、この世界では、ほとんどの病気は駆逐され、人々には恒久的な健康が約束されている。

このように高度に発達した健康維持システムが成立、維持されている背景には、<大災禍>(ザ・メイルストロム)と呼ばれる大きな混乱の時代があった。北米を中心とする大暴動から端を発し、世界規模の戦争が生じたのだ。

そして、<大災禍>を乗り越えた人類たちを待っていたのは、混乱による人口減少と、少子化の波だった。人口不足の世界において、人々の体は希少なリソースであり、生きる人全てが、公共的な存在として社会によって管理する、という“生命主義”が社会の基盤として敷かれるようになった。

病や老衰や事故以外での死がなくなった世界で、主人公となる霧慧(きりえ)トァンは、公共的な身体として、社会に取り込まれた自分の体を取り戻すことを考える同級生の御冷(みひえ)ミァハに共感し、ミァハと友人の零下堂(れいかどう)キアンとともに、自殺を図ろうとする。

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社会の鏡としての精神疾患

社会の鏡としての精神疾患

完全な健康が約束された社会で、自殺が志向される、こうしたアイディアは、小説家、宮内悠介の『エクソダス症候群』という作品に登場する。

『盤上の夜』で創元SF短編賞山田正紀賞を受賞し、デビューした宮内は、同作で日本SF大賞を受賞後、史上初めて、直木三十五賞、芥川龍之介賞、三島由紀夫賞、山本周五郎賞の全ての候補に選ばれた作家となった。

※画像はイメージです

『エクソダス症候群』の舞台は、近未来、火星への移住(テラフォーミング)が進行しつつある世界。

人間と機械による診断、多量の錠剤投与と入念なカウンセリングによって、全ての精神疾患がコントロール化に置かれるようになった。
しかし、地球と火星では、それぞれ異なる診断不能の症状を発症する人々が増えていた。地球では、「突発性希死念慮(Idopathic Suicidal Ideation)」通称、ISIと呼ばれる突発的な自殺によって死亡者が年々増加していた。

一方の火星では、火星からの脱出(エクソダス)衝動による妄想や幻覚を症状とする「エクソダス症候群(Exodus Syndrome)という病が蔓延していた。機械や医者たちによっても診断できないこの2つの病。

主人公の医師、カズキ・クロネンバーグは、恋人をISIで失い、失意の中、火星へ移住することを決意する。火星で唯一の精神病院で医師として働くことになった彼には、エクソダス症候群に苦しむ患者たちの姿が待ちかまえていた。カズキは、治療の手段のない2つの病に向き合い、患者や医師たちと対話を重ねる中で、これらが文化や社会に根付いたものなのではないか、という確信を強めていく。

社会のとりうる形が無数にあり、精神疾患がその鏡だと言うならば、薬もまた社会の数だけあるべきなのだ。

宮内悠介『エクソダス症候群』

病むという「救い」の形を考えること

※画像はイメージです

先日、テレビで放送していた、「発達障害」についての特集を見ていたところ、大人になってから「注意欠陥障害(ADHD)」だと診断されたことで、これまでの人生で自分が感じてきた生きづらさに理由があったのだとわかり、非常に安心した、と語る当事者のインタビューが流れてきた。
病があることによって、様々な苦しさに理由をつけられるというある種の「救い」が間違いなく存在するのだと、なんとなく思ったことを覚えている。

このまま医療 技術が発達していき、病によって苦しむ人がいなくなるということはもちろん、とても素晴らしいことだ。

しかし、まだまだ病と対峙しなくてはいけない私たちだからこそ、技術に期待を込めるだけでなく、今目の前の社会において、病の背景や、病が担っている役割、そして、病が生み出すものにきちんと向き合っていくべきなのだろう。

少なくとも、伊藤計劃は、病床で『ハーモニー』を完成させ、宮内悠介は鬱を経験し、『エクソダス症候群』を書き、ともに素晴らしい作品になったのだから。

参考文献

  • 早川書房編集部編『伊藤計劃記録』
  • 田中圭一『うつヌケ』

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