私は以前から、これからのIoTにとって重要なキーワードは「無電源」であると主張してきた。その理由はおもに、設置場所を選ばないことだ。
たとえば、家庭内で利用できる無電源IoTとしてはトッパン・フォームズの「ロケーションフロア」がある。
これは床材そのものが発電し、その電力で通信することで住人の位置を知ることのできるIoT建材だ。同じことを画像センサなどで行おうとすれば家中に電源を張り巡らせ、いたるところにカメラを取り付ける必要があるが、ロケーションフロアであれば床材を張り替えるだけでいい。
リフォームの際に工程を増やさず建材を替えるだけで、たとえば離れて暮らす高齢の家族を見守る仕組みを作ることができるというわけだ。
このように、無電源であることで広がる可能性は大きい。そこで、今回は最近新たに開発された「微生物による無電源IoT」を紹介しよう。
エネルギーハーベスティングと低電力IoT
まず、これを読んでいる皆さんは「エネルギーハーベスティング」という言葉をご存知だろうか。日本語では「環境発電技術」と呼ばれたりするが、読んで字のごとく、自然発生するエネルギーを「収穫」して利用するテクノロジーのことだ。
冒頭で紹介した「ロケーションフロア」も、人間が床を踏むというごく自然な現象から電力を「収穫」しているといえるし、富士通の開発したゲリラ豪雨の監視装置は下水道内とマンホールとの温度差を利用して電力を収穫している。
よりわかりやすい例でいえば、太陽光発電や風力発電もエネルギーハーベスティングのひとつと言っていいだろう。
しかし、太陽光発電は別として振動や温度差から得られる電力はごく微量となる。そのため、たとえば「電車の振動を利用してWi-Fiで通信しよう」という試みはあまり現実的ではない。Bluetoothでも難しいだろう。
これを可能にしているのが、超低電力のセンサーや通信装置と通信プロトコルだ。
エネルギーハーベスティングで得られるごく微量の電力で動くマイコンやセンサー群はわりと古くから研究開発が進められていた分野で、意外と新しいものではない。この「意外さ」は私たちが想像する「IoT」とは違う姿で ーーつまり、産業用としてはIoTが古くから使われてきたコンセプトであるからに他ならない。
日本発・エネルギーハーベスティングの最新事例
そんなエネルギーハーベスティングに、大きなニュースが飛び込んできた。
2019年3月28日付の日経新聞夕刊の一面に「微生物・床振動…電気に 身近で発電、充電いらず IoT機器動かす」という見出しが踊ったのだ。床振動はともかく、微生物…。これは大きなイノベーションである。
旭化成が開発したこの技術は、有機物を分解して電子を放出する「発電菌」と呼ばれる微生物を利用したものだ。発電菌は地中に多く存在するため、マイナスとプラスの電極を埋め込むことで発電することができるのだという。もちろん、ごくごく微弱な電力なので昇圧装置で電圧を高めないと利用できないが、その技術も今年秋には確立する見込みだと、記事は伝えている。
これで何ができるだろうか。たとえば、地中の水分を測ることができるかもしれない。また、温度変化や日照量を図ることも可能になるだろう。すると、農業は大きく変わるはずだ。
農業だけではない。街中の植え込みなどに設置することで交通量や大気汚染の状況をリアルタイムに検知することもできるだろう。ここにきて、スマートシティを支える基幹技術がまたひとつ生まれたと思うと感慨深い。
無電源IoTはこれからもスマートシティ、そしてホームIoTにとって重要な位置を占めることだろう。その動向を追うために、今後は新たに「エネルギーハーベスティング」にもぜひ注目してほしい。